この春、めずらしい蓮華を買い求めて、
龍王堂の前の小池に植えた。
五月になると葉っぱが大きくなり、
六月になると小さなつぼみをつけた。
「今月中には花が見られるね」
「どんな花か楽しみだね」
だが、期待のつぼみはしおれ、
クニャリと茎のところから折れてしまった。
「おまえ、がんばったのになあ」
雨風に倒れたつぼみが痛々しかった。
それでも七月、
横からニョキニョキと新たな花芽が伸びてきた。
「比較的大型で、強い台風が北上しています……」
テレビのニュースが聞こえてきた。
「くそう、またか!」
だが、蓮華は負けなかった。
右に左にあおられても、大風を凌いでいた。
「自転車だって倒れるのにね」
しなやかだから強いのだと思った。
ふとした災難のとき、
愛する人と別れを迎えたとき、
信じていた人から裏切られたとき、
どんなに努力をしても結果が出ないとき、
みんな心が折れそうになることがある。
がんばりたいけどなぎ倒されてしまうこともある。
長い人生、
つらく、重い局面はたびたびやって来る。
となりの芝生は青く見えるという。
他人がうらやましく見えるときはだれにもある。
でも、いい芝生にしようと、
手入れをしている人の姿を君は見たことがあるか?
人間には見えていないことがたくさんある。
「困難に負けるな!」
「努力をしなさい!」
たしかに負けてはならない。
「他人ができるのだからやれないことはない!」
たしかにやり抜けている人もいる。
でも、人ができることでも、
自分ができるとはかぎらない。
他人と同じくらい努力をしても、
同じように報われるとはかぎらない。
グチを言ったり、むかついたり、
神も仏もあるものかと、
やるせない気持ちに沈むこともある。
ただ、考え込んでばかりいても、
心の湿度は高まるばかり。
泣きながら人生を終わるのは損。
人は人、自分は自分。
嗤われたくない――
負けてはいけない――
そんな鉄仮面なんてはずしてみてもいい。
こころの平和は捨身で得られる。
青い芝生の庭はなくても、
しなやかに生きられたら心は楽になる。
つらいことに出会ったら、
自分よりもっと不幸な人の話を聞くのもいい。
自分が恥ずかしくなることもあるけれど、
気持ちが軽くなるならけっこうなことだ。
「旅に出ます。私をさがさないでください」
しばらく姿を隠すのもいい。
思い切りカネを使って、うまいものを食べたり、
あのヤローと、酒をかっくらったり、
ヤッテラレネーと、布団にもぐり込んだり、
今日という日を強制終了してみれば明日になる。
明日は昨日ではないはずだ。
チャップリンは言った。
「人生はクローズアップすれば悲劇、
ロングショットで見れば喜劇」と。
親の離婚が一歳のとき、
アルコール中毒で父を失ったのが十二歳のとき、
うつ病のために母親が入院したので孤児院で育ち、
ガラス職人や床屋など仕事を転々とし、
人生や社会をおもしろく眺めながら、
あの名優にたどりついた。
悲劇の現実が喜劇になることもある。
死ぬまでつづく不幸などありはしない。
沈みっぱなしの人生などあり得ない。
人生の帳尻はきちんと合うようにできている。
心が折れやすい人はまじめすぎるからではないか?
まじめなだけでは身がもたないだろう?
重い荷物は時々下ろしたほうがいいのだ。
寝たきりの夫を抱えた人がいる。
「友だちとヨーロッパに行ってきました」
「旦那は?」
「ショートステイに預けちゃいました」
「なにか言ってた?」
「腹たてていました」
「アハハ、じょうでき、じょうでき」
みんな生身の人間。
障がい、介護、きつーい仕事の連続。
部屋の湿度を調整する除湿機のように、
超気分転換装置を
心の部屋につくれないものか。
ふまじめな人間であっても、
なまけっぱなしにはできない良心がある。
じめじめした湿気をとってから、
一歩を踏み出してみてもいい。
心が折れそうになるときは誰にでもある。
人間という動物は、
前後左右に揺れるうちに、
しなやかな根ができていくのである。
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