「平和」に想う

八月、終戦七十年の節目を迎える。
この七十年、
日本は他国を攻めることもなく、
他国から攻められることもなく、
平和憲法の中で経済発展を遂げてきた。
ずっと平和がつづけばいい――。
祖国のために散っていった英霊たちも、
かけがえのない家族を失った人々も、
平和だけを願っているにちがいない。

しかし、ここに来て
我が国をとりまく安全保障環境は厳しさを増してきた。
これから日本はどうなるのだろう。
このまま平和が保てるのか。
それとも戦争に巻き込まれていくのか、
私たちは漠然とした不安に包まれている。
このところのテロや憲法問題で、
仏教界では平和問題への関心が高まってきた。

国際時代における平和の問題は政治問題であるが、
「いのち」、「慈悲」とも絡む精神的問題でもある。
侵略する側があり、
侵略される側があり、
罪もなく殺傷される人々の生命を守らなくていいのか。
被害者の痛みや悲しみを自分の問題として受け止められるのか。
しかし、ほとんどの仏教宗派は、
そのことには口を閉ざし、
ただ平和の合唱だけを対岸から繰り返している。
私も日本が平和であることを願い、
戦争ができる国にならないよう祈るけれども、
現実を考慮すると、
無責任なことを言うことはできない。
私が出家してまもない頃、
伯父が戦争の話をしてくれたことがあった。
戦後は戦犯者の汚名を着せられ、
博多で保険の外交員のようなことをしながら、
私の伯母とひっそりと暮らしていたが、
戦時中は陸軍大佐として、
満州国の建設に携わった軍人であった。
関東軍の砲兵司令部にいたとき、
ノモンハン事件に遭遇し、
ソ連赤軍のスパイを見つけるために
モンゴル人の五人を射殺したと語った。
五人すべてがスパイではなかったが、
正直に質問に答えないので命令を下したという。
伯父は言った。
「戦争は人間を狂わせる修羅と地獄の世界だ」
「しかし……」と、言葉をつないだ。
「国民を守るのが国家の役割だ。
君は僧侶としてどう考える?」
それまで私は戦争について考えたことはなかった。
「伯父さん、あれは正義の戦争だったんですか。
それとも侵略だったんですか?」
「最初は東亜六族のための大義名分を掲げた。
満州はソ連も狙っていたからね」
私は答えた。
「正義であっても、負ける戦争なら私はしないと思います」
「じゃあ、勝つ戦争ならどうかね?」
「……でも、戦争はイヤです」
「しかし、弱ければ相手から侮辱冷遇を受け、
戦争を仕掛けられることもある。
備えだけはしておかねばならない。
国力が弱れば植民地化されることもある」
伯父はインドや朝鮮や支那の話を持ち出し、
自分の国家観を語った。
    
仏陀の祖国・シャカ国は
コーサラ国の毘瑠璃という国王から滅ぼされた。
彼は大軍を率いてシャカ国の首都・カピラバストゥに迫った。
しかし、途中に一本の枯木の下で瞑想される仏陀の姿があった。
そこで進軍を制止すると尋ねた。
「仏陀よ、枝葉の繁った樹がほかにもたくさんあるのに、
なぜ、枯木の下にお座りなのか?」
「親族の木陰はことさらに他のものに勝る」
仏陀はシャカ族の滅亡を葉のない枯木に喩えて悲しみを表された。
さすがの毘瑠璃王も心打たれて軍を引き返した。
仏陀は王の討伐を思いとどまらせること三度に及んだが、
四度目になるとそこに仏陀の姿はなかったという。
「宿縁すでに熟す。今まさに報いを受くべし」
こう述べられたあとシャカ国は滅んだ。
当時のシャカ国は純粋な血統を誇っていた。
その血統を求めて毘瑠璃の父の波斯匿王は
シャカ族の王女を妻として迎えたいと求めた。
シャカ国の重臣たちは超大国からの要求を拒むことができず、
かといって血統を乱すことも恐れた。
そこで、王女と偽ってシャカ族とは無縁の奴隷の娘を送り込んでいた。
そして毘瑠璃が生まれた。
王子の頃、彼が弓を習うためにシャカ国に留学したとき
家臣の一人からそのことを軽蔑した口調で聞かされた。
由緒正しいシャカ族の出身と信じ込んでいた彼は、
その侮辱と虚偽の事実に計り知れない衝撃を受けた。
それ以来、シャカ国へ報復をもくろんでいた。
仏陀が四度目にそこにおられなかったのは、
精神世界の限界を感じとっておられたからであろう。

世界平和はだれもが望む。
それと同時に他国より優れた国家であろうとする希望も
捨てがたい欲望なのである。
各国がこの欲望に燃えている間は、
強は弱を圧し、優は劣を虐げ、平和を破壊する。
いかに宗教が超国家的であっても、
国家を離れて存在することはあり得ないが、
世界平和を可能にする哲学がなければ絶望しかない。
人類の成熟はまだ先のようである。

 

みずすまし25号(平成27年6月3日発行)

 

みずすまし25号表紙

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