老いの波間に

「三界は安きことなし 猶ほ火宅の如し
衆苦充満して 甚だ怖畏すべし
常に生老病死の憂患あり」

いまから二千五百年前、
釈迦は人間の苦悩を「生老病死」に定められた。
高齢化時代を迎えた日本にとって、
「老」への対処は、
国策の重要課題のひとつになっている。
若いときは老いなんて誰も考えない。
先のことを考える暇もないし、
考えてどうなるものでもない。
だが、老いは確実にしのびよっている。
いままでにできたことがだんだんできなくなり、
新しいことがなかなか覚えられなくなり、
社会の変化にうまく対応できず、
不安やあせりが出てくることもある。
そして、やがては死がクローズアップしてくる。

知人を見舞った後、ロビーに出てお茶を飲んでいた。
すぐ横で夫婦らしき人がテーブルを囲んでおられた。
「もう点滴とか胃瘻はイヤだね。ありゃあ生き地獄だよ」
「長患いでスパゲッティ状態にまでなって長生きしなくていいわよねえ」
「麻酔が効いているうちに死なせてもらえないかな」
「それはだめよ。安楽死は認められてないんだから」
「死ぬのも簡単じゃないな」
「ああ、そうそう。○○さん、ずっと痴呆症だったけど亡くなったらしいのよ」
「痴呆症か、そんなものにかからずピンコロがいいな。
死の直前までピンピン元気、そして最期はコロッと逝きたいもんだ」
「あんたはおそらくジワコロよ」
「なんだそれ?」
「ジワジワ病気で過ごし、コロって逝くということ」
「へえ」
「ピンコロで逝くのは宝くじのようなものよ。
ピンコロが一等賞とすると当たる人はわずか。残りはみんなハズレ。
あんたはハズレに決まっている」
「おれがジワコロになったら、おまえが看病で困るだろう」
「でもいい。なんとかなるから」
「そうか」
「○○さんの奥さん生命保険金が一千万円ほど来たらしいのよ」
「一千万円か。そりゃあすごいな」
「わたしなら五十万円でもいいけど」
「俺の値打ちは五十万?」
駆け込んだトイレの中で笑いこけた。

老への対応は家族にとっても大変であるが、
働き盛りが痴呆になるケースが増えている。
いわゆる「若年性痴呆症」。
一家の担い手がこんな病気にかかると家族はつらい。
福祉施設も待機者が多かったり、
費用が高額であったりして、
経済的な負担も重くのしかかってくる。
国民の健康と福祉は、
これからの国策の重要な課題である。
しかし、国策も必要だが、
個々の心がもっと大切ではないだろうか。
釈迦が心について悟られたことは、
日々の心がけにあった。
それは「神」の存在が前提ではなく、
「法」を踏まえた生き方にあった。
反省と感謝の生活が、
明るく、楽しい人生になると教えられた。
考え方、思い方ひとつで、
人生は右にも左にも振れる。
現象ではなく心という本質。
それが「生老病死の憂患」を克服する法であった。

いま、
暴力をふるう人、徘徊する人、
ストーカーに狂う人、被害妄想の人など、
老いの波間にただよう人は少なくない。
だが、
それは若い頃から紡いできた思考に原因がある。
物心がつく頃から蓄積されてきた性格が、
晩年の幸・不幸を決定すると仏教は教えている。
医学では心は脳にあると言うが、
どこにあろうと重要な問題ではない。
ウツなんかにかかって、
ジワジワと老いの波間にただよいたくはない。
どうすれば日々を楽しく過ごし、
ピンコロと逝けるか、
それだけが関心の的なのである。

そこで医学と仏教に共通する健康法。
喜んだり、悲しんだりする感動・感激。
好奇心を持ち、適度な集中力をたもつ興味・緊張。
楽に流れず、創意をこらす工夫・苦心。
世の中に身を捧げようとする献身と研鑽。
未知の世界を究めようとする好奇心・行動力。
せめて、毎日寝る前にその日の出来事を思い出してみよう。
その日に出会った人の名前、
朝、昼、晩に食べたおかずなどを思い出してみる。
この一点集中は仏教の「瞑想」に当たる。
第二に新しいものにチャレンジしてみよう。
これまで作ったことのない料理、
無関心だった分野の本の読書、
この挑戦は仏教でいう「生智」に当たる。
流されていると脳はどんどん老化する。
痴呆症が増えているのは、
刺激のなさに最大の要因があるのではないか。
それにしてもできるだけ美しく老いたい。
「ごめんね」という反省、
「ありがとう」という感謝、
その上に立って、
適度なあそび心、
おしゃれ、
ユーモア、
これが波間に咲く花か。

 

みずすまし27号(平成27年12月3日発行)

 

みずすまし27号表紙

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