「たかが言葉、されど言葉」

やっと春が来た──
心地よい陽射しに白、ピンク、黄色の花々。
寒さで縮こまっていた体も伸びやかになる。
どこかに出かけてみたいような、
浮き浮きした気持ちへと開放される。
花は暖かくなると咲き、冷たくなるとしぼむ。
それと同じように言葉も気分しだい。
だれかがイライラしていると雰囲気が暗くなる。
一人ひとりの日常の言動が、
社会にストレスを巻き起こしている。

入山したてのころ、
私はお説法の仕方や、
悩みの相談についての応対の心がまえを習った。
「みんな疲れているから、
楽しいお話をしてあげなさい」
──言葉はそよ風のごとく
──言葉はキャッチボール
また、こうも言われた。
──言葉はビリヤード
どう突けばどう動いていくか。
言葉の球が、
その人の周囲に及ぶことを考慮するよう戒められた。

最初のころは緊張や気負いもあって、
口先だけの極楽世界から
偉そうなことばかり叩いていた。
そのうちに、
言葉遣いのむずかしさを痛感させられた。
伝えたつもりでも伝わっていないこと、
言いすぎて相手を傷つけたこと、
言葉足らずで誤解を招いたこと、
今なお残っている後悔もある。

仕事、家事、人付き合いなど、
私たちには自分流のやり方がある。
それは、
「こうあるべきだ」
という一種のこだわりといってよい。
このこだわりが時として失敗を招く。
人には親切であるべきだと思えば、不親切な人を許せない。
礼儀がなっていない人を見ると腹が立つ。
仕事を途中で投げ出す人を軽蔑する。
こだわりが強いと、
言葉のトーンが強くなったり、
力みすぎたりして誤解される。
こうあるべきだというのは
相手に求めるものではなく、
自分の信条として秘めておくべきものだったのである。
そこから私は少し考え方を変えた。
「それでもいい、あれでもいい」
と、「いい加減さ」をもって接することにした。
人間なんて他人の落ち度は見えるが、
自分の未熟さは笑ってごまかす動物だからである。

どんな人にも短所ばかりではなく長所もある。
つらい生い立ちが
激しい自己主張、愚痴っぽさ、
短気な気性をつくっていることもある。
それを念頭に置くと人のことを悪く思うことはなくなる。
そもそもお説法というけれど、
方法や道を求める人はごくわずかで、
寺に駆け込む人は、
気持ちを聴いてほしいという人がほとんど。
まずは話に耳を傾けることから始める。
そして、春風を送るように
「きつかったね」
「よくがんばったね」
「では、お祈りしてあげようね」
方法や道を求める人にはさじ加減をしながら、
本人の努力可能なことを少しだけ伝える。
できるだけ長話はせず、余計なことは言わないようにしている。
心の悩みというのは、
背負っている荷物を軽くしてあげる以外にはなく、
受け止め方や思い方まで簡単に変えられない。
ジャンプして手が届くぐらいのことを目標にすればいい。
心は変えられない。
でも、気分だけは変えてあげることができる。
お説法は、新たな荷物を背負わせるものであってはならない。

『法華経』には「妙音(みょう おん)」という琵琶(び わ)を持った菩薩が登場する。
妙音とは琵琶を奏でるように、
心地よい、品のある言葉遣いを体得する修行を意味し、
妙音菩薩は、美しい調べのお説法で元気を与えてくださる。
しかし、この妙音の前には
観音(かん のん)という、相手の気持ちを読む修行の段階がある。
観音菩薩は「三十三の身」に姿を変え、
それぞれの立場や性格の人の気持ちに合わせることができる。
僧侶はこの二つの修行を踏まえて法を説く。

こんなことを言う私も気分が乱れることがある。
忙しいときはつっけんどんな口調になってしまい、
妙音どころか、妙なことを言ってしまったと、
恥じ入ることも少なくない。

たかが言葉、されど言葉――
こころ励まされるようないい言葉を使う人がいる。
「あの一言」で人生が変わることもある。
さわやかな春風を贈りたい。
六十の坂を登りながら、
そんな手習いを重ねている。

みずすまし36号(平成30年3月3日発行)

みずすまし36号表紙

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