「後ろ姿を拝まれる人に」

今号のテーマに関する執筆依頼を受けたとき、
両親の思い出が浮かんだ。
身内のことは言いにくいが、それしか思いつかない。

私が中学生の頃、
商売に行き詰まった人が相談に来られたことがあった。
「今日の三時までに返済ができないと、
家族は路頭をさまようことになります……」
「まあ、上がんなさい」
父は詳しく話を聞いた後、
お弟子さんに本堂の賽銭箱をひっくり返させた。
「お札じゃないから少し重いが、金にはまちがいない。
三時までには間に合うだろう」
ビニール袋に入った賽銭を銀行に持って行き、倒産を免れた。
後日談であるが、その人はこう語った。
「あのときは泣けました。この人のためなら、
命を投げ出してもかまわないと思いました」
父は困っている人を前にすると、
捨てておけない性格だった。
寝食を忘れて、空が白むまで相談に乗ることもあった。
謝礼を差し出されても、
「これは子どもさんのために使いなさい」
と、受け取らないこともあった。
単なる世話好き、男気といえばそうなのだが、
肚が坐った人だった。

母は商売をしていた父に嫁いできたが、
私が一才のときに父が僧侶に転身したことで、
人生が大きく変わった。
家の暮らしは楽ではなく、
「こんなはずではなかった」
と、後悔していたにちがいない。
それでも参籠修行に訪れるお弟子さんの
食事や身の回りの世話、
お彼岸などには数百人分の料理をつくり、
境内の草むしり、野菜づくりのことなど、
陰に回って寺を支えた。
「いつかきっと良くなる。わしを信じろ」
確かな希望などなかったが、
母は懸命に耐えてがんばった。

おそらく母は幸せだっただろう。
父は自分が建てた本堂を使うことなく逝ったが、
母は三十年、寺の発展を見届けて旅立った。
古材で建てた寺が
ここまで発展するとは思いもしなかったのではないか。
「大奥さま」と呼ばれるようになったのは、
苦労に耐えた母への尊敬の呼称かもしれない。
父が他界して三十年。
母が逝って一年。
あの頃、母の味方だった私も
今では父の気持ちがよくわかる。
一緒に並んでいる母の遺影に言った。
「信じてよかったね」
きっと母も手を合わせていることだろう。

父がよく私に言っていたことがある。
「後ろ姿を拝まれるようなお坊さんになりなさい」
「人を泣かせて、共に泣くような人になりなさい」
それは釈尊への恋慕渇仰が然らしめたものであった。

私には賽銭箱をひっくり返すような肚はないが、
相談に訪れる人の思い方、考え方を変えて
気持ちを楽にすることはできる。
あるおばあさんから言われた言葉が嬉しかった。
「わたしゃ、今でも毎朝、あなたさんのお寺に向かって
手ば合わせよります」
求めなくても人から手を合わせてもらうことは
出家の冥利に尽きる。

みずすまし39号(平成30年12月3日発行)

みずすまし39号表紙

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