正法事門法華宗

こだわりを捨てる

物事にこだわる人がいる。
脳のホルモンの作用か、若い人に多い。
若いときは私もそうだったが、
世の中、考えてもどうにもならないことがある。
なるようにしかならない。
冷たい気持ちで言っているわけではないが、
長い経験値から最近では
さらりと臨めるようになった。

若いときは
伴侶(はんりょ)にこだわり、
夢にこだわり、
仕事にこだわれ。
しかしある程度、年を取ったら捨てろ。
こだわらぬ人間には運も飛び込むものだ。

その昔、お江戸の町に一人の浪人がいた。
藩(はん)の禄(ろく)を離れてからというもの、
傘張りで生計を立てていた。
ある日の夕方、腹の虫が鳴いた。
前日からろくろく食べていなかった。
そこで思いついたのが道場破り。
勝てば金(きん)子(す)をもらえ、
負けても食事を馳(ち)走(そう)になる風習があった。
そこで、とある道場へ。
「お頼み申す」
道場の弟子が応対に出て来た。
「拙者(せっしゃ)は、今中半(いまなかはん)兵衛(べえ)と申す者。いまは一介(いっかい)の素浪人なれど、
武者修行中につき、道場主のご指南を賜りたい」

奥から出てきた道場主と
ひと太刀(たち)交えることになった。
だが、半兵衛はなかなか刀をかまえない。
かまえる力も湧かないほど腹が空いていた。
早く叩かれて飯にありつきたかった。
「いざ! かまえられよ!」
道場主はうながすが、
「これで結構」
両手をぶらりと落とし、眠った表情。
ところが、道場主はそうは見ない。
「油断させておいて……」
半兵衛の目が半眼(はんがん)のかまえによる剣法の達人のように映った。
道場主は迷った。
「ここから打ち込めば、こう返すつもりだろう。
だが、こうすれば、こう斬(き)り込んで……」
迷ううちに額(ひたい)から汗をしたたり落とす道場主。
「参(まい)りました!」
ついに半兵衛の前に刀を投げ捨てひれ伏(ふ)してしまった。
半兵衛は意外な結末に驚いたが、
差し出された食事をうまそうに食べた。
道場主は訊(き)いた。
「ぜひ、あなたさまの流派を教えていただけませぬか」
半兵衛は正直に話をして道場を出た。
金子を受け取って高楊(たかよう)枝(じ)で帰る半兵衛の後ろ姿を眺(なが)めて、
道場主は思った。
「勝とうと焦れば頭が働き、雑念が起こる。
捨て身の境地で臨むことだ」
そこからあみだされたのが「無念流」の極(ごく)意(い)。

若い頃の私も自意識過剰だった。
人前で話をするときは、
笑われたくないと格好(かっこう)をつけた。
でも、この心理は
ぎこちない空気感をつくった。
講演も、
そのこだわりから苦しんでいた。
ギリギリまで
紙に書いて話の流れをまとめていた。
だが、そんなときにかぎって本番は失敗した。
そのうち、
ある程度の筋を立てると、
理屈はクソにして流した。
だんだんこだわらなくなってから
楽しく法を説けるようになった。
ありのままが一番いい。

お笑いタレントは
笑いのネタをびっしりとノートに書き込んでいる。
しかし、本番では笑わせようとする作(さく)為(い)を捨てる。
こだわりを捨てるから、
笑いを勝ち得るのだ。
真剣に研究しながら、
作為性を感じさせることなく、
空気をつくるのがプロ。
これはすべてに通じること。
ソプラノ歌手やピアニストたちも、
聴衆を喜ばせようとするが、
本番ではその意識も捨てる。
得ようとするから得られないものがある。
捨てて得るものがある。
この妙(みょう)は若者にはわからないだろう。

だが、若いときはうんと食え。
彼氏にも彼女にもこだわれ。
イケメンにキャーキャー。
○○○48に「カワイイー」。
のぼせ上がっても追っかけ回してもいい。
だが、そのうちときめきホルモンが減ってくると、
自分に苦笑いする時期がやってくる。
夫の、妻の、その体形などにも関心がなくなり、
食べるものにも、着るものにも、
ごたわりがなくなる。
少しさみしいけれども、それが人生。

若いときは大いにこだわれ。
五十を過ぎたらさらりと行け。
こだわりを捨てるというのは
無執着の境地のことである。

みずすまし32号(平成29年3月3日発行)

 

みずすまし32号表紙

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