正法事門法華宗

償うということ

償い――。
辞書によると、
「相手に与えた損害を、金・品物・労働と引き換えにして、
損害の生じる前と同様の価値のあるものにすること」
とある。
償いといえば「恩讐の彼方に」という小説を思い出す。
江戸時代後期、
豊前国(大分県)の山国川沿いの耶馬渓にあった交通の難所に、
青の洞門を開削した「禅海」という実在の僧の史実を
モチーフにした菊池寛の作品だ。
越後国(新潟県)生まれの市九郎は、
主人である旗本、中川三郎兵衛の愛妾であるお弓と密通し、
三郎兵衛から手討ちされそうになる。
だが、市九郎は逆に三郎兵衛を斬ってしまう。
市九郎は逃げたが、
中川家の方にはお家断絶の沙汰が下った。 
その後、市九郎は茶屋を営みながら、
その裏で人斬り強盗を生業としていた。
江戸出奔から三年目の春、
自らの罪業に恐れをなした市九郎は、
お弓のもとを離れて出家して「了海」と名乗り、
懺悔滅罪の旅に出た。
享保九年の秋、豊前国に入った市九郎は、
山国川沿いにある羅漢寺という寺をめざすが、
その途中で
高い場所から足を踏み外して死んだ馬子に遭遇する。
そこは村人を震え上がらせるような鎖渡しの難所であった。
市九郎はその岩壁を掘削して隧道をつくり、
命を落とす者を救う誓願を立てる。
村人たちは最初の頃、
鉄槌を振る市九郎に見向きもしなかったが、
少しずつ石工が集まってきた。
一方、三郎兵衛の子・中川実之助は、
父が死んだときは三歳であったが、
親類の家で養育されるうちに、
十三歳で父の死の顛末を知る。
実之助は柳生道場に入門し、
十九歳で免許皆伝を受けると、
仇討ちのため、
九州に入って中津城下へ来て、
親の敵に出くわした。
市九郎は実之助に素直に斬られることを望むが、
石工たちが必死に止めに入ったため、
洞門の開通まで仇討ちは日延べされることとなった。
掘り始めてから二十一年目、
実之助が来て一年六カ月目にして、
約四百メートルの洞門が開通する。
約束通り市九郎は、
実之助に自分を討たせようとするが、
実之助は仇討ちの心を捨て、
市九郎にすがり付いて号泣するのだった。
この小説は、
人間の情の美しさを描いた作品である。

さだまさしさんの歌に、
交通事故を起こした青年のことが紹介されている、
「償い」という曲がある。
彼はブレーキが間に合わず横断歩道で、
人を跳ねてしまった。
被害者の奥さんに頭をこすりつけて詫びたが、
「人殺し、絶対にあんたを許さない」
と罵られた。
償いきれるはずもないと思いながら、
彼は毎日働いて奥さんに七年間、
毎月の給料の一部を送りつづけた。
するとある日、奥さんから手紙が舞い込んだ。
「ありがとう。
あなたのやさしい気持ちはよくわかりました。
もう、送金はやめてください。
これからはあなた自身の人生をもとに戻してあげてほしい」
手紙が来ただけでも感動というのに、
加害者の自分を思ってくれるやさしさに泣いた。

人生にはいろんなことがある。
ひょっとしたはずみで、
取り返しのつかない事態を招くことがある。
自分の家族だけでなく、
相手やその家族の人生を狂わせることもある。
自分の方が被害者の場合もあれば、
相手の仕打ちに我慢できない場合もあるだろう。
けれども、
被害者の家族は何の罪もない。
言い訳をせず、
結果を認める謙虚さを持ちたい。

最近の凶悪犯罪を見ると、
遺族や被害者への謝罪さえないこともあり、
人間らしい心の機能が
破壊されていると思うこともある。
たしかに、
心の底から認めたくないこともあるけれど、
事実を覆い隠したままに、
人生を閉じることほど悲しいことはない。

通じないかもしれない。
許しを得られる日は来ないかもしれない。
それでも真心で詫び、
真心で償えば自分の心も救われる。
自分を反省し、
生きているかぎり、
償いの日々を過ごしていきたい。
真心は決して破壊されないと信じたい。

 

みずすまし18号(平成25年9月3日発行)

 

みずすまし18号表紙

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