正法事門法華宗

気持ちの伝え方 表し方

気持ちをうまく伝えることはむずかしい。
伝えたつもりなのに正しく伝わっていないことがある。
相手から勝手に解釈され、
巡りめぐって誤解を受けることもある。
「言った」
「言わない」
こんな不毛の論議は重苦しい。
そんなとき、
自分の曖昧な言い方を反省させられる。

一番むずかしいのは、
言いにくいことを言わなければならないとき。
特に、注意をしなければならないときは神経をつかう。
一方的に自分の考えを押しつけたりすると、
反発を招くのではないかと、
不安やためらいのようなものが起こってくる。
そんな気をつかうのは、
周囲を気にする弱さゆえかもしれないが、
やさしさの表れでもある。
誰だって余計な波風を立てたくないし、
悪く思われたくはないから、
見て見ぬふりで済ませられたら楽。
しかし、どうしても言わねばならないこともある。
そこで考える。
「こういう注意の仕方をすれば、こう返ってくるだろう。
だから、こう言った方がいいのではないか。
それとも別の角度から……」
こうしてあれこれ迷う。

ただ、どんなに気をつけていても、
相手から反発的な態度をされると、
相手の神経を逆なですることを言いたくなる。
ふだんから溜まっている不満があればなおさらだ。
頭はめまぐるしく理論をかき集め、
理屈と感情が一緒になって相手陣内へ攻撃をかける。
だが、注意される側にとっては、
苦戦ばかりを強いられるのもしゃくにさわり、
逆ギレすることもある。
「そりゃあそうだけど、
なんでそんな言い方をされなければならないんだ」
「ふつうに言ったじゃないか!」
「ふつうじゃない。そこまで言わなくてもいいだろう!」
注意をするというのはむずかしい。
正しい理屈で責められて、
素直に反省する人は少ない。
恨みを買うこともある。
逆に、
気持ちの伝え方、表し方でむずかしい問題の一つに
相手の善意の申し出を断るときの対応がある。
相手は親切のつもりであっても、
善意であるだけに断りたくても断りにくいことがある。
しかし、それを上手に断ることができる人がいる。

ある女性が自分のお姑さんのことを語った。
「うちのお母さんはすばらしい人です。
先日、わたしがケーキを買ってきたときのことです。
おいしい紅茶も準備して、
夜のひとときを家族で楽しく過ごそうと考え、
お母さんをお部屋に呼びに行きました。
すると、お母さんが言ったのです。
『ありがとう。でも今はお腹いっぱいで食べたくないの。
あとで頂くから、
すまないけれど、冷蔵庫に入れておいて。
ごめんね。いつも気にかけてもらって』
笑顔で答えてくれました。
なんて上手な断り方なんだろうって思いました。
『ありがとう』という言葉には感謝があります。
『でも今は食べたくない』という言葉には、
はっきりした意思があります。
『ごめんね』という言葉には、
気持ちに添えなくて申し訳ないというお詫びがあります。
『いつも気にかけてもらって』という言葉には、
『すまないね』というへりくだった気持ちがあります。
わたしは相手の善意の申し出を断るとき、
自分の意志だけを伝える癖があります。
はっきり伝える性格なのですが、
言葉足らずで誤解されることがあります。
どうすればお母さんのようになれるのでしょうか?」

そこで「妙音観世音」について話をした。
「仏さまはね、妙音という言葉づかいの前には、
観世音という受け止め方が必要だと教えられていますよ。
たとえば、カメラのブレ止めのために、
三脚を用いるでしょう。
思い込みや先入観があれば正しい受け止め方はできない。
相手の気持ちを正しく把握するのが観音行、
そして自分の気持ちを上手に伝えるのが妙音行です。
お母さんの心には三脚があるんでしょうね。
自分にもケーキを買ってきてくれた、
一緒に食べようと笑顔で呼びに来てくれた、
お母さんはそんなあなたのやさしい気持ちが、
よほど嬉しかったのでしょう。
あなたが『食べない?』って聞くんじゃなくて
『一緒に食べよう』って誘ってくれたことも嬉しかったんでしょうね。
あなたの思いやりが、あなたへの思いやりとして返ってきたのです。
まず、言葉をかける側が考える。
どう言ったら気持ちが正しく伝わるか、考えてものを言う。
その訓練をしていけばお母さんのようになれますよ」

人間には常に自分のことを認めてもらいたいという思いがある。
言いにくいことを言う前に気をつけることは、
心と心のパイプをつなぐこと。
このパイプはお互いを認め合うことでつながる。
これを心理学では「ラポール」という。
ラポールの基本は「妙音観世音」である。
人間は相手から、
自分は信頼されていない、
期待されていないなどという思い込みがあると、
そのさみしさが牙を研ぐ。
疲れているとき、
悩み事があるとき、
その牙で襲いかかることもある。
したがって気持ちを伝えるときはTPOを考えたい。
今言うべきか、
どの場所で言うべきか、
どういうシチュエーションがいいか、
それを観察してラポールで相手を動かす。
この訓練を観音の「広大智慧観」という。

ちょうどこの原稿を仕上げているとき、
友人の奥さんが息を切らして訪ねてきた。
「今、娘が泣いて出て行ったんです。
まさか、自殺したりするようなことはないですよね」
「いったい、どうしたの?」
「言わなけりゃよかったんですが、
『あなた、だらしないわねえ』と言ったんです。
すると泣き出して飛び出したんです。
さっき携帯から電話があって、泣き声だけが聞こえていました。
だれかが横でなだめているのです。
今は電源を切っていて、連絡ができない状態です」
わたしもメールをしてみたが返事がない。
結局彼女から連絡を待つより他はなかった。
彼女はうつ病の治療中であった。
「夕食前のこと?」
「はい……」
「言い方もちょっとまずかったけど、
夕食前というのもタイミングがまずかったね。
でも、万が一のことはないと思うから、
今度電話がかかってきたら、まず詫びなさい」
奥さんは少し安心して帰って行った。

自分は引っ込み思案で、口べただと嘆く人がいる。
滑舌すぎて人を傷つける人もいる。
逆に、
案外、聞く側に回って、
あいづちを打つぐらいでちょうどいいのかもしれない。
「○○に旅行に行ったのよ。とても楽しかったわ」
「そう、○○に行ったの。話を聞かせて。どんなところ?」
「○○さんにお孫さんができたのよ。とても可愛いわ」
「えっ、お孫さんができたの。可愛いでしょうね。誰に似てる?」
聞き役に回って相手の話を傾聴する。
言葉をリピートして、リアクションを起こさせる。
リピート・プラスワンの連続で会話は弾む。

こんな時代だから、
あわただしい日々の暮らしが心を乾燥させ、
蓄積する疲労から悩みが積もり、
お寺に足を運ぶ女性が少なくない。
「道がひらけるよう祈ってあげなさい。
教えることよりも気持ちを聞いてあげなさい。
慰めや励ましの言葉をふんだんにプレゼントしなさい。
無言の説法ができるようになりなさい」
わたしは、お弟子さんにそのことを強調している。
気持ちの伝え方、表し方などというものは、
とりたてて言葉という手段を用いなくても、
笑顔の表情だけでも伝わるものである。
気持ちをわかってもらうだけで人は心の荷物をおろす。
できれば、
そよ風を浴びながらキャッチボールをするような、
楽しい言葉を交わしたい。
一人ひとりの小さな日だまりで、
社会が明るくなればいい。

 

みずすまし15号(平成24年12月3日発行)

 

みずすまし15号表紙

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