正法事門法華宗

夢をあきらめない

初夏――。
ここちよい南風が顔をなでる。
居間の窓を開けると、
山ぼうしが白い花を咲かせている。
花を法師(仏教僧)の頭巾に見立てて
そう名づけられたらしい。
匂いはないけれども愛らしい。
苗木も十年をすぎると大きく育つものだ。
買ってきたときは
樹高一メートルにすぎなかったが、
今では三メートルになり、
六本の幹をしっかり大地に張っている。

横のシマトネリコは先月まで少し元気がなかった。
苗木のときはすくすくと生長したが、
塀ぎわにあるために根が張りきれなくなったのか、
それともきつい西日のせいか、
往年の勢いが感じられなかったが、
油かすをあげたら
心なしか、緑に力がよみがえってきた。
栄養ぎれだったのである。
「すまなかったね」
そう声をかけた。

私には三人の娘と二十人の弟子がいる。
みんなそれぞれ自分の夢に向かってがんばっている。
夢を必死で追いかけている人間は
眼の輝きも歩き方もちがう。
勢いがないときは心配になり、
ときどき声をかけるが、
夢に向かいつづけるということは、たしかにきつい。
人生いろいろなことがあり、
元気をなくしたり、
失意にながされたり、
投げ出したくなることもあるけれど、
それでもなお、
夢に向かいつづけた方がいい。
人間にいちばん大切なものは夢である。
夢に描いた仕事ならば辛抱した方がいい。
親という字は「立木を見る」と書く。
根が張るまでは見守ってあげたいが、
道を歩むのは本人自身なのである。

この三月、東北地方の被災地を訪問した。
目的は巡礼の旅であったが、
津波の脅威に震撼させられた。
わずかに残った家も、
夕暮れを迎えて灯が点るころだというのに、
家主もなく、
明かりもなく、
闇に立つお墓のように見えた。
夕闇と雪に覆われた雪原に降り立つと、
コンクリートの土台が雪の中に広がっていた。
雪原は旧住宅街だった。
人々はつい最近まで
海のそばのすばらしい景観の地に
平和な暮らしを築いていたのである。
家族の笑い声、
学校の運動場ではしゃぐ声。
この雪原のなかに幻を見るようであった。
氷雨に打たれる衣服のきれはしが
痛々しかった。
けれども被災地の人々はがんばっている。
絶望から立ち直ろうとしている。
その感動に送られる支援が
絆という現象を呼んでいる。

被災した十七歳の女子高生と
メール交換をはじめてもう一年が過ぎた。
彼女は津波でお母さんを亡くしてしまった。
最初の手紙には、
自分の生い立ちやお母さんのことが切々とつづられていた。
お母さんは離婚して以来、
働きずくめの毎日だった。
立ち仕事で足腰が悪かったけれど、
痛みのきつさを洩らすことなく、
彼女の成長だけを楽しみにがんばっておられた。
なぜ、お母さんが死ななければならなかったのか、
神さまや仏さまはおられるのかと、
はげしく疑問をぶつけ、
もう恩返しができないとひどく悲しんでいた。
わたしは伝えた。
亡くなっても恩返しはできるし、
この悲しみを乗り越えることが最大の供養だと。
どんな仕事に就いたらいいかとメールで相談してきた。
動物が好きだというから、
「災害救助犬訓練士」を勧めてみた。
災害時に行方不明者を捜索する救助犬を訓練する仕事だ。

幸運なことに道がひらかれた。
とりあえず訓練所の人々の食事係として、
住み込みで入所し、
しだいに犬の訓練の仕方も教えてもらえることになった。
ある程度のレベルに達したら、
訓練士の認定試験を受けて公認資格がとれるという。
災害救助犬訓練士には五段階があって、
初級の認定試験に合格するまでには三年から五年かかるらしい。
「立派な訓練士になって災害地に行き、
困っている人のためにがんばれば
母も喜んでくれると信じています」
元気そうなメールが返ってきた。

この四月、彼女はワンちゃんたちに出迎えられた。
今、エサやりや排泄物の処理、爪切りや耳掃除など、
下働きから出発しているという。
犬にもいろいろな性質があって
神経質な犬、やる気のない犬、わがままな犬もいる。
災害救助犬訓練士は有能な救助犬に育て上げるために、
犬の親の性格や生い立ちも研究するという。
がれきの下の捜索だから、
ほかの犬や猫や電柱やごみなどの誘惑に負けず、
鼻の神経を集中させなければならない。
捜索能力を高めさせるために、
指示通りに動かさねばならない。
メンタル面での関わりは決して容易ではない。
けれども、がんばってくれることを期待している。

こんな時代だからこそ
夢のある仕事に就きたい。
命をかけて悔いないものをめざしたい。
自分に合う好きな仕事、
やってみたいと思う仕事を調べたらいい。
まずは、目標を立てる。
目標ができたら一歩ずつがんばることだ。
そこには心の眼と心の足が必要になる。
夢を描いたら、あとは気力で突き進むのである。
好きな仕事なら少々の苦労は我慢できる。
苦労はあるけれど
眉をあげて全力でぶつかれば道はひらける。
自分がやりたい夢を達成する人は氷山の一角といわれている。
夢を達成するのは
生まれもった才能のせいだけではなく、
自分自身の気力にかかっている。
気力という「因」を失わなければ
夢を引き寄せることができる。
そして、もう一つは人という「縁」である。

周囲は、がんばっている人を放ってはおかない。
がんばっている人を見ると応援したくなる。
人間は、
悲観的な言葉をならべ、
泣きごとを洩らす人を可哀想と同情することはあっても、
支援してあげようとは思わない。
苦しいときでも粘り強く努力をしている姿に、
人は心を打たれ、
善意の支援をしてくれるのである。
夢のとびらは因と縁によって開かれる。
どんなにがんばっても結果が出ないこともあるかもしれない。
悲しく、悔しいけれど、
厳しい現実の前に夢をあきらめざるを得ないことだってあるだろう。
どうにもならないときは
第二の選択肢を考えておけばいい。
それもまた夢。
それは夢をあきらめたのではなく、
新しい夢を見つけたということになる。
その道に進んで正解だったということもある。

私にもやりたい夢があったが、
ほんとうに人から喜んでもらえるものは何かを考え、
今の仕事を選んだ。
今、還暦を迎えて、
ほんとうの夢があったことを実感させられている。
そして、この夢を受け継いでくれる者たちがいる。
職業という形はあまり関係がないのかもしれない。
自分が得意とするものを活かし、
世のため人のために尽くす仕事に従事できれば、
それもまた夢の達成へつながる。
夢をあきらめない。
希望を捨てない。
この木々のように
みんな自分なりの夢が叶えられたらいい。
そよ風に山ぼうしがうなずいていた。

 

みずすまし13号(平成24年6月3日発行)

 

みずすまし13号表紙

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