あの桜のように

新型コロナウイルス――
この未知のウイルスは多大なる影響をもたらした。
このところ打ち続く台風や水害と併せて考えても、
生きていくことの難しさを痛感させられる。
緊急事態宣言に伴う外出自粛要請のなか、
家庭内暴力やいわれのない偏見など、
悲しいニュースが流れてくる。
一人の看護師さんが語っていた。
「家族にうつすのが怖くて自宅へ帰れず、車中泊を続けました」
また、別の看護師さんは言った。
「二日間も寝ていなかったので控室で横になっていたら、
士気が下がる、同僚の目もある、と邪魔者扱いされました」
なんと冷たい言葉を浴びせるのかと悲しくなった。

人間には、他の誰とも交換できない尊厳がある。
どんな人にも、無条件に愛される価値がある。
しかし、社会の仕組みはそうシンプルではない。
世間の目は、その人の能力や資格にばかり向きがちで
人柄や個性を置き去りにする。
資格を持っていて、役に立てれば大事にされるが、
できなければ責められ、見下されることさえある。
それでも、人間は不条理を超えて、
生きていかねばならない。
すべてのいのちの尊厳、
無条件に愛される価値。
そんな当たり前のことを、
わざわざ問う必要のない社会であってほしい。

東日本大震災で海水に浸かった桜が、
四方八方に枝を広げ、今年も見事な花を咲かせた。
コロナ騒ぎで誰からも目を向けられず、       
愛でられることもないまま、ひっそりと立っていた。
テレビ画面いっぱいに、凛々しい姿が映っていた。
幹に残る激しい傷痕について、桜の持ち主が語った。
「流されてきた車や木材がつけた傷です。
津波に襲われ、動くこともできず、かわいそうなことをしました」
痛々しい姿に、
いのちの尊厳を思わずにはいられなかった。
今年も淡々と花を散らせたが
桜は誠実に、自分の務めを果たした。
世の中がどんな状況であろうとも
損得勘定に振り回されず
為すべきことを成す姿は尊い。

お釈迦様は菩提樹の下で悟りをひらかれた。
自然智の観察から起こった仏教は、
自分が生きる場と自分の生き方について教えている。
虚空の生命力を取り入れ、
自らに蓄積して天に向かう。
ただ、あるべくしてあり、
生きるべくして生きる。
インドの菩提樹はどれも大きい。
大地に根を張り、幹太く、天に向かってそびえ立つ。
天の樹王といった感じがする。

人間には誰にも胸に抱く夢がある。
子どもの頃はどんな夢でも自由に描けた。
ウルトラマンや魔法使い、宇宙飛行士にだって。
それが成長とともに、
現実的な、能力に見合った夢へと変化していった。

でも、それは夢がしぼんだわけではない。
「しぼんだ」のではなく、「しぼった」のである。

自らの主体的な意思によって、
しぼり込んだのである。
第一の夢ばかりが大切なのではない。
第二、第三の夢にも喜びや生きがいは生まれる。
新天地が自分を育ててくれることもある。

私たちを取り巻く環境は変わり続ける。
これから起こることなど誰にもわからない。
今の幸せも、ずっと続く保証などないけれど、
前を向いて生きていこう。
そう、あの桜のように。

みずすまし46号(令和2年9月3日発行)

みずすまし46号表紙

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