成長するなら悩みもいい

とことん悩んでみなさい──
そう言われて、
「じゃあ、悩んでみます」と答える人はいない。
だれも悩みたくない。
幸福のベースは、
一言でいうと悩みがないことなのである。

けれど人生、そうはいかない。
「聖人」と呼ばれている人にも悩みはあった。
仏教の経典には、
苦滅の法を悟ったブッダのことが説かれている。
だが、その後の布教過程において迫害を受けた。
「沈黙しても、
少し語っても、
多く語っても批判される」
ブッダの言葉としてそう伝えられている。
キリスト教の聖書には、
神の愛に生きたイエスのことが説かれている。
「偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。
そなたたちはわざわいである」
イエスの言葉としてそう伝えられている。

「仏」や「神」という高次な意識は尊い。
「愛」や「空」という真理もすばらしい。
けれども、その気高い理想を、
現実に結びつけようとするとき新たな悩みが生まれる。
一宗一派の上に立つわたしも悩んでいる。
年とともに宗門の未来を考えるたびに、
余裕がなくなっている自分に気づく。
それは「守る苦しみ」から起こっているようである。
無常の理をわかっていながら、
執着を捨てきれないのは迷っている証拠であろう。

周りを見ると幸せそうな人は少なくない。
若い人を見ると、
自分もそんなときがあったと笑顔になる。
若いときは幸せそのものだが、
独立するとそうはいかない。
健康や生活のこと、仕事や人間関係など、
いずれは悩みのスパイラルにはまる。

恋愛の悩み、
仕事の悩み、
子育ての悩み、
人間関係の悩み、
老いや病気や死の悩み、
悩む価値があろうとなかろうと、
結局、人間は悩むようにできているのである。
悩みながら人間は思考と感情の叡智を、
霊魂として蓄えながら、
成長する動物のようである。

そう考えると神は、
人間を苦海に投げ落としたとしか言いようがないが、
善意にとると、
自己を高める機会を与えたのかもしれない。
海でおぼれているときに悩んだら沈む。
おぼれ死ぬくらいなら前に進んだ方がいい。
神は成長のための思考軸をつくらせようと、
しているのかもしれない。

悩む姿にはマイナスなイメージがあるが、
それが反省や感謝を促すこともある。
「煩悩の氷多ければ、菩提の水多し」
という和讚がある。
煩悩という冷たい氷が多ければ多いほど、
それが溶けたときの悟りも多いというのである。
悩みなど御免こうむりたい──
みんなそう思っている。
でも、それは避けられない。
だから、とことん悩んでいいことにしよう。
それが成長につながるのなら。

みずすまし43号(令和1年12月3日発行)

みずすまし43号表紙

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